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真理通信真理通信

  第107号 

       令和3年(2021年)12月1日発行


















巻頭

 「すべての法(もの)
 わがものにはあらず」

 と かくのごとく

 智慧もて知らば

 彼は

 そのくるしみを厭うべし

 これ清浄に入るの道なり

                (法句経 279)
 
 ガンジス河に沈もうとする夕陽。インドの聖地、ベナレス(ーラーナシー)で撮影した一枚です。ベナレスは、ガンジス河に面する交通の要衝で、古代から多くの文明の中心になった場所です。沐浴をしたり、火葬も行なわれる場所として有名です。コロナで多くの人々が亡くなったり苦しんでいる世界に、平穏で幸せな日々が訪れることを、祈らずにいられません。

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新・法句経講義6 4◇

<※ 「新・法句経講義」は、巻頭ページ掲載の法句経について解説しています。>

 何ごとも自分の思い通りにならないとガマンならない。そんな風潮が見られる今日この頃。自己中、自分のことしか頭になくて、自分の都合のみを押し通す、それが当然という人にあたると、手のほどこしようがありません。
 相手にだって都合があること、相手にも言い分がある、思いがあることになぜ気づけないのか、理解出来ない時があります。そんな時には、そういう風に育った人、育てられた人と諦めざるを得ないこともあります。
 SNSの書き込みにも、辛辣なものが多いようです。先の選挙の応援演説にも随分ひどいものがあったようです。広く世界に目を転じると、最近の中国の対外政策も随分不穏に見えます。そんなものを見ていると、つい「あんた、そんなに偉いんかい」と言いたくなります。遠慮とか配慮のない、自分の思いだけの世界。一見、ストレートで分かりやすく見えますが、一皮むけば軽薄で単純なものばかりです。
 この世の中は「わがものにはあらずJと悟った人は、ひとまず落胆するけれどその現実を受け入れたとき、本当の自分、本当の世界に近づいていきます。有限である自分に気づけば、相手(他者)への配慮も生まれます。それは、より深いより大きな自分になっていくということです。清浄に入るの道というのは、仏の世界に近づくということです。


 < 圓諦忌の予告 >
  
        友松圓諦師50回忌
   (神田寺一世轉法輪春誉圓諦大和尚)

  来年(令和4)は、神田寺初代主管・友松圓諦師没後50回忌にあたります。命日の1116()午後に、式典および講話会を開催する予定です。時間および講師については未定です。詳細が決まりしだいご案内申し上げます。
 (50回忌は、大きな節目の年です。多くの皆様のご参集をお願い申し上げます。)
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 < 主管所感 >
   昔話・自慢話
             友松浩志
 人は年をとると、昔話と説教、そして自慢話ばかりするようになるという。確かに自分を省みて、そんな風になってきたようにも思う。もっとも、坊さんなので「説教」は仕事として許してもらうにしても、昔のことはよく話すようになった。
 最近、記憶が曖味になってきて、3年位前のことがなかなか思い出せない。コロナ禍でしばらく行かなかった場所など、近くまで行ってもまったく見当がつかず、ウロウロするばかリーということもあった。その分30年前、40年前の出来事が鮮明だったりする。昔住んでいたアパートなど探しに行って、当時の思い出にひたったことも一度や二度ではない。昔のことが、ひどく懐かしく思える。だから、昔話をするのかもしれない。
 私が子どもの頃は、まだ戦争に行った人が何人もいて、よく戦争の話を聞かされたものである。でも今思うと、あまり壮絶な戦場の話は聞かなかったように思う。子ども相手にそうした話を避けたのか、悲惨な記憶はあまり話したくなかったのか。でも、そうした話をしてもらったおかげで、子ども心に「戦前の暮らし」や、「戦争の大変さ」が伝わったことも確かである。昔話をすることも、悪いことばかりではない。
 自慢話は、余りしない方だと思う。それは、人に自慢する(できる)ようなことがほとんどなかったからで、したくても大した話があまりない。もともと「自己肯定感」が低く膨大に書いてきた日記は、ほとんどが反省文状態。読み返すのが苦痛で、ある時大部分を捨ててしまった。人生の最終章が近づいてきて、これからは、少しは自慢話を書き残しておきたいものである。
 人生は、成功と失敗の繰り返し。いいこともあれば、悪いことだってある。自分なりに経験してきたあれこれを、嫌がられずにどう次の世代に伝えておくべきか、そんなこともそろそろ考えておくべき時なのかも知れない。
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仏教豆知識83

  

 (てら)は寺院(じいん)とも言われますが、その言葉の由来は複雑です。「てら」という日本語は、朝鮮語のthol(礼拝)か、パーリ語のthera(長老)に由来すると言われ、はっきりしません。「じ」は、中国語で役所・官舎を指し、後に仏教寺院を指す言葉となったものです。
 インドで仏教が生まれた頃、僧侶が雨期などに一時的にとどまる場所として作られたのが「寺」の起源です。それが後に拡大して、礼拝の場所としての「塔」などと合体して、今日の「寺」の形態が形成されたと考えられます。
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■ 令和年  年回表 ■

              (没年)
  1 周 忌      令和 3年
  3 回 忌      令和 2年
  7 回 忌      平成2
  13 回 忌      平成2
  17 回 忌      平成1
  23 回 忌      平成1
  27 回 忌      平成 

             (没年)
  33 回 忌     平成 2年
  37 回 忌     昭和61年
  43 回 忌     昭和55年
  47 回 忌     昭和51年
  50 回 忌     昭和48年
  70 回 忌     昭和28年
  100 回 忌     大正12年

○土日に法要を希望される方が多いため、予約は電話でお早めにお願い致します。参加人数、塔婆をあげる方のお名前などは、1週間前までにお知らせ下さい。
・当日は位牌をご持参下さい。お寺に車2 3台駐車可能。タクシーも呼べます。
○西墓地別院での法要をご希望の方は、必ずその旨のお申し出をお願いします。
・東墓地の檀家の方でも、西墓地別院で法要を行なうことが出来ます。
・なお、他の法要との関係で、実施できない場合もありますのでご了承下さい。

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◆ 夏まつりを楽しむ◆
    ―コロナの夏に一
 コロナの影響で、今年も幼稚園の行事は、大幅な変更や中止となっています。年長児が楽しみにしていた「お泊まり保育」も、2年続けて中止となり、今年もそれに代わるものとして「夏まつり会」を行ないました。








△ 手持ち花火も楽しみました。

夏休み前の夕刻、幼稚園に集まった年長児は、盆踊りや夜店などを楽しみ、最後に先生たちの用意した打ち上げ花火や吹き上げ花火を見たり、一人づつ手持ちの花火を持って、夏の思い出を作りました。保護者の皆さんも離れた所から応援して下さいました。

◆パラリンピック観戦◆

 コロナの今夏、一年延期されたオリンピックとパラリンピックが、無観客で開催されました。無観客といっても、学校観戦プログラムは実施され、当園からも少数ながら年長児の希望者が参加し観戦しました。神田寺幼稚園は代々木競技場で車椅子ラグビー、真理学園幼稚園は武蔵野スポーツプラザで車椅子バスケットの試合を応援しました。ともに、ほとんど他の観戦者がなく、広い会場にボランティアの方々が少しという状況にびっくりしました。とはいえ、テロ対策のチェックがあったり、コロナ対策の消毒があったりと、完壁な準備と運営に感心させられました。










△ パラリンピック会場で


 ほとんどの方がテレビ観戦だった大会に、短い時間ですが実際に参加し、応援できたことは貴重な体験でした。直前のPCR検査や熱中症対策の備品の配布など、周到な準備をして下さった東京都の皆さんに、厚く御礼申し上げます。

発行済の真理通信(PDF版)

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・平成31~令和元年(第99~101号).pdf へのリンク

・平成30年(第96~98号).pdf へのリンク

・平成29年(第93~95号).pdf へのリンク

・平成28年(第90~92号).pdf へのリンク

・平成27年(第87~89号).pdf へのリンク

・平成26年(第84~86号).pdf へのリンク

・平成25年(第81~83号).pdf へのリンク

・平成24年度(第78~80号).pdf へのリンク

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